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大和路を訪ねて 

〜 私の一押しの大和路 〜 【その16】  米田嘉浩

―「ぽっくり往生祈願の寺」として有名な吉田寺―

前回は大和を代表する「安産祈願の寺」として有名な「帯解寺」と「龍象寺」をご案内いたしました。今回は「ぽっくり往生祈願の寺」として有名な吉田寺(きちでんじ)と阿 日寺(あにちじ)の2寺のご案内です。

まず吉田寺からご案内します。JR王寺駅から奈良交通バス法隆寺行きで約10分、「竜田神社」前で下車して徒歩5分のところに吉田寺があります。

うっそうとした参道の奥に本堂と1463年建立の多宝塔(重要文化財)が並んでいます。奈良県内で多宝塔を見かけることはあまり多くありませんが、この多宝塔は均整のとれたとても美しい姿をしています。

ご本尊は、この寺を再興した「恵心僧都源信」の作と言われる阿弥陀如来座像で、江戸時代に千体仏を付けた光背を背負い、「大和のおおぼとけ」と呼ばれています。このご本尊に祈れば「下の世話にならずに往生できる」と信じられ、高齢の方々の参詣が多いそうです。休日には観光バスを連ねて大勢の皆さんが参詣されます。先月、私が参詣しました時も、同じようなリュックサックを背負った大勢の老若男女に出会いました。「若」の方々は少なく「老」の方々が圧倒的でした・・・。

「恵心僧都源信」といえば、大和の出身で平安時代中期の天台宗の僧侶ですが、仏書「往生要集」の著者として知られています。9歳の時に仏門に入り、15歳の時には宮中で御前講義をした程の秀才だったとのことです。往生要集は念仏の功徳の重要さを説き、法然上人の浄土宗、親鸞上人の浄土真宗の基礎になったと言われています。

この「恵心僧都源信」の誕生の地に「ポックリさん」として信仰を集めています「阿日寺」があります。近鉄「下田駅」から徒歩約20分の葛城市當麻に近い田園地帯にあります。(所在地は香芝市良福寺)

寺名は源信が父のために刻んだと伝わる[ 大日如来像」、母のための「阿弥陀如来像」の2尊を本尊としていたことから付けられたとのこと。即ち、阿弥陀如来様の「阿」と大日如来様の「日」をとって付けられています。

阿弥陀如来像は無病長寿、下の世話をかけずに安楽往生できる霊験高い仏として高齢者の信仰を得て、俗に「ポックリさん」として有名です。

尚、大日如来像は木造で高さ94cmの比較的小さな座像で、定印を結び古色を帯びた優しい顔をしています。藤原時代の作で、重要文化財に指定されています。この像は常盤寺の所有だったが、無住のため、当寺に安置されています。

阿日寺は恵心僧都源信が誕生した寺としても有名ですが、源信の生母が安らかに「往生」した寺としても知られています。先述の「吉田寺」と同様に参詣者の姿が絶えません。両寺に共通するのは、「安楽往生を祈願する寺」、「恵心僧都源信ゆかりの寺」、「阿弥陀仏信仰の寺」といったところでしょうか。

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