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大和路を訪ねて 

〜 私の一押しの大和路 〜 【その15】  米田嘉浩

―安産祈願の寺として有名な「帯解寺」―

今回は安産祈願の寺として有名な「帯解寺」。同寺の宗派は「華厳宗」で、ご本尊は木造の「地蔵菩薩」です。この半跏像はわが国最古の「求子安産の霊像」で鎌倉初期の作で重要文化財に指定されています。山号は安産祈願のお寺らしく、ずばり「子安山」です。俗に「帯解地蔵尊」の名でも親しまれています。

所在地は奈良市の南部、今市町にあります。JR桜井線「帯解駅」下車、北へ徒歩約3分の所です。古代からの道「上街道(上ツ道)」に面しています。上街道は古代上ツ道(かみつみち)と呼ばれ、北は奈良坂から南は桜井、山田道を経て藤原京に至る幹線道路のひとつです。初瀬詣でや伊勢参りの人が行きかう信仰の道となり、街道筋は今も当時の面影を残しています。55代文徳天皇の皇后藤原明子が懐胎のおり、当寺に祈って清和天皇を安産されたと伝えられ、喜ばれた天皇が天安2年(858年)に伽藍を建立し「帯解」の寺名を与えたといいます。

その後江戸時代になり、2代将軍徳川秀忠や3代将軍家光の嗣子誕生にあたって安産祈願を行い、無事に出産します。その後も徳川将軍家の安産祈願の寺とされます。今、山門を入った左手にあります手水鉢は4代将軍家綱が寄進したものです。また、最近では美智子皇后陛下はじめ皇室の方々が安産祈願された寺としても有名です。

同寺は境内が広いとは言えませんが、いつも大勢の参詣者で賑わっています。本年2月に友人と久し振りに同寺を訪れました折には、年若い一組の男女が元気そうな赤ちゃんを抱いて長い時間参拝している姿を見かけました。「お礼参り」だったと思います。元気そうな赤ちゃんの顔を見て私まで嬉しくなりました。

帯解寺を後にして上街道を南に約300メートル歩きますと「龍象寺(りゅうぞうじ)」があります。天平2年(730年)に45代聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建したとされています。創建当初より光明皇后をはじめとする宮中や一般庶民の安産、子授けの「帯解子安地蔵尊」として尊崇されています。本堂の天井には霊験あらたかな帯解龍が狩野派の絵師により描かれています。また、山門は藤堂藩の古市陣屋から移されたもので当初は帯解小学校の校門となり、昭和30年に移転されたとのことです。なお、龍象寺は通称「帯解奥の院」と呼ばれますが、帯解寺の奥の院ではなく、伝承では、龍象寺の西側にある広大寺池の畔にあったという「広大寺(光台寺)の奥の院とのことです。

安産祈願のお寺としては、帯解寺の方が有名ですが、霊験の方はどちらが上かはわかりません。比較すること自体が畏れ多いことでしょう。JR「帯解駅」下車5分以内の所に大和を代表する安産祈願のお寺が2カ寺あることが興味深いことだと思います。

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