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大和路を訪ねて 

〜 私の一押しの大和路 〜 【その13】  米田嘉浩

―磯城郡川西町その2―

磯城郡川西町結崎は観世流能の発祥の地として知られています。能は大和の地で生まれた芸能ですが、大和の地を発祥とすることをご存じでない人も多いようです。

能の起源は色々説があるようですが、一般的には奈良時代に中国から伝えられた散楽(さんがく)が訛って猿楽(さるがく)になり、寺社の祭礼に奉仕するようになり発展していったようです。

その後、鎌倉時代には歌舞的要素を取り入れた「能」と滑稽的要素の強い台詞劇の「狂言」として発展していきます。室町期になると、猿楽師達は各地の寺社に所属して神事に奉仕します。興福寺等の寺社に所属した「大和四座」やまとしざ(よざとも)と呼ばれる座が有名です。

大和四座とは次の通りです。
○坂戸座(金剛流)・・・現生駒郡斑鳩町
○外山座(宝生流)・・・現桜井市
○円満井座(金春流)・・・現磯城郡田原本町
○結崎座(観世流)・・・現磯城郡川西町

川西町結崎は「観世流」の本拠地でした。そして川西町には「能楽」に関する面白い伝承があります。それは「観阿弥清次」が京都での能の成功を祈って糸井神社に日参していた時、天から大きな音響とともに、1個の翁の面と1束の葱が降ってきました。その能面を着けて演じたところ大成功を収めたというものです。

この面塚伝承地に昭和11年、「観世会」により「面塚碑」と「観世流発祥之地碑」が建てられ、その後何度か整備され、現在に至っています。

観世太夫清次観阿弥は伊賀の国の出身で、結崎座に所属し、能楽の能に田楽等の要素を取り入れて、テンポとリズムのある謡を完成させます。室町幕府3代将軍義満の庇護のもと、子供の世阿弥とともに能の大成に貢献し観世座を発展させます。 川西町では毎年9月に町民ホール(けやきホール)で観世会による「月見の会」が開催され、謡や仕舞が演じられています。また、町立の「川西小学校」では、総合学習の一環として4年生が能の体験学習を行っています。児童達はそれぞれ「謡(うたい)」、「仕舞(しまい)」、「鼓(つづみ)」、「太鼓」の体験をし、授業参観時や6年生を送る会で成果を発表する予定です。また、町内には「結崎観世会」という能の愛好者の皆さんが集まる会もあります。町を挙げて能に取り組んでいると言えるかも知れません。

また、伝承にあります能面と一緒に天から落ちてきました「葱」がどうなったかといいますと、戦前までは「結崎ネブカ」と呼ばれこの地の名物でした。やわらかく甘味がありますが、葉が折れやすいため市場から姿を消してしまいました。平成14年頃、関係者の努力で復活しました。とても嬉しいことです。今や「大和まな」や「宇陀金ごぼう」などともに、大和の伝統野菜の代表格になりました。

面塚へは、近鉄橿原線結崎駅から西へ徒歩約20分の所にあります。式内社「糸井神社」の前の宮前橋を渡り、寺川の堤防沿いに100mほど進むと「碑」が見えます。前回にご案内しました「島の山古墳」もすぐ近くにあります。一度足を運んでみて下さい。

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