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大和路を訪ねて 

〜 私の一押しの大和路 〜 【8】  米田嘉浩

--- はじまりの奈良 ---

今回は少し寄り道をしたいと思います。

平城遷都1300年祭のオープンまであと約4カ月と迫ってきました。策定された事業計画に沿って準備が着々と進んでいます。スローガンは「はじまりの奈良、めぐる感動」です。今回はこの「はじまり」が何なのか、少しだけ紹介したいと思います。

大上段に振りかぶりますと、「日本の国は奈良(大和)ではじまった(誕生した)」とする有力な説があります。ここではそんな難しい話しではなく、ごく身近な事柄について説明してまいります。

奈良は古くから繁栄していましただけに、奈良で「はじまった」ものは枚挙に遑(いとま)がありません。いくつかその例を挙げますと、@日本酒、A日本茶、B奈良漬、C茶粥、D饅頭、E吉野葛、F奈良墨、G奈良筆、H奈良団扇等、そして私たちの仕事に大いに関係します乳製品「チーズ」が奈良で誕生したと考えられています。

もちろんチーズと呼ばれていたわけではありません。本年6月29日付けの読売新聞の特集「ふるさとの逸品」の中では「飛鳥の蘇」として取り上げられていました。その記事の中で、▽蘇は古代の高級食とされる乳製品、▽平城宮跡から「生蘇」と記載された木簡が出土した、▽乳大一斗を煎じて蘇大一升を得る、▽西井生乳販売所が商品化した、▽古代史ブームなどで人気が高まる、と書かれています。

また、坂本照久氏の「味は大和のつるし柿・・・食育一筋、田中敏子物語」の中では「蘇」についての説明が次の通り書かれています。

飛鳥時代に中国や朝鮮半島を経て、牛乳を飲用する習慣や「酪」、「蘇」等の乳製品が伝えられたこと。蘇は搾りたての牛乳を7〜8時間煮詰めて作られるもので、発酵はさせないため現代の私たちがイメージするチーズやヨーグルトではないこと。当時、蘇は天皇や長屋王等の大貴族しか賞味できず、いわば滋養強壮薬として用いられた等です。

多田みのり氏の著書「奈良のちから」によりますと、牧畜や搾乳の技術は中国から伝わり、乳製品は全身虚弱を補い、美肌等に効果があり、当時の上流階級に人気があったといわれ、元正天皇の時代には蘇の製造が全国に命じられている。また、田中広明氏の「豪族のくらし」には、平安時代の延喜式の中に「蘇」をどの国(地方)がどれだけ貢納したかが記され、さらには「平城京」出土の木簡に「武蔵野国、進上蘇」天平7年11月旨の記載もあるそうです。以上の諸説を総合しますと、蘇の作り方を簡単に表現すると次のようになりそうです。

「蘇は、牛乳をとろ火で熱して水分を飛ばして練り上げ、それを冷やした食品」ということになり、壷に入れて運ばれたようです。お経(涅槃経)には、@乳から、A酪を作り、酪からB生蘇、生蘇からC熟蘇、熟蘇からD醍醐を作るとあり、醍醐は乳から数えて5番目という意味だそうです。醍醐は乳を生成して得られる最も美味なるものであり、仏教の最高真理に例えられています。私たちは日常的に「醍醐味」という言葉をよく耳にします。  「醍醐味」を広辞苑では、@醍醐のような最上の教えA醍醐のような味、すなわち美味をほめて言う語B深い味わい、本当のおもしろみ、とあります。

皆様も「飛鳥の蘇」を味わってみてはいかがでしょうか。とても美味で、まさに醍醐味を味わえます。西井生乳販売所のホームページは【こちら】です。

※米田氏は近々、西井さんの牧場を訪問し、蘇を作る際の苦労話しなどを取材する予定です。それは、「蘇」のお話し第2弾ということで改めてご紹介します。

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