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大和路を訪ねて 

〜 私の一押しの大和路 〜 【6】  米田嘉浩

竹内街道とその周辺B

松尾芭蕉ゆかりの「綿弓塚」を後にして當麻寺を目指しました。前回お約束しました「傘堂」を訪れる前に、當麻寺に立ち寄ることにしたのです。竹内街道を語る時、二上山と當麻寺は外すことのできないスポットだからです。  約10年前に発行された田中昭三氏の著書「文士の大和路」の中に、司馬遼太郎の描いた竹内街道周辺のスケッチ図が載っていました。図の左上に「葛城山」、右上に「二上山」が描かれ、この山の間を蛇行した竹内街道があり、「二上山」の麓には當麻寺の三重塔とお堂(曼荼羅堂と思われる)が描かれています。このスケッチ図に書き込まれた司馬さんの説明文が面白い。

そのいくつかを紹介いたしますと、
@竹の内に小生の母親の実家があった。
A古墳は山麓斜面を利用した小さな墳墓(二上山古墳群のこと)で埴輪の馬も出土した。
B水田地帯はもっと古い時代に、二上山のサヌカイト(讃岐石)を利用した工場(?)だった。
C竹の内街道は奈良朝の官道(石上より難波にいたる)であった。
などが挙げられます。

又、二上山の呼称については、「にじょうざん」と「ふたかみ」と両方が併記されています。司馬さんは遠い明治時代の作家と錯覚(私だけ?)しがちですが、僅か10数年前まで健在の、大和にご縁のある国民的大作家だった訳です。NHKで放映が予定されている大河ドラマ「坂の上の雲」が楽しみです。

當麻寺は大和を代表する大寺院の一つです。現在、境内には、本堂(曼荼羅堂)、東塔、西塔、金堂、講堂、薬師堂をはじめ法華堂、護摩堂、鐘楼、仁王門等が立ち並んでおり、塔頭も中之坊、西南院、奥の院など11を数える大寺院です。

當麻寺の創建は大変古く、諸説ありますが、天平時代の初頭にこの地の豪族当麻氏の氏寺として創建されたと推測されているようです。(他に聖徳太子の弟、麻呂子王の関与説も有力)

当初は三論宗だったが、823年に弘法大師が参籠してから真言宗となり、後に中将姫伝説と當麻曼荼羅図を中心として浄土宗の霊場として栄えました。さらに當麻寺で特筆すべきは、天平様式の三重塔(東塔)と平安時代の西塔が美しい姿を見せていることです。古代の寺院で東西の塔がそろっているのは珍しいそうです。しかも両塔とも国宝に指定されています。當麻寺は見所がとても多く、この限られた紙面ではごく一部分となりますことをお許し下さい。

私のお薦めしたいのは、代表的塔頭の中の坊にあります池泉回遊式庭園です。片桐石州作と伝えられる庭園と、重要文化財の書院と茶室が調和し、大和三名園に数えられています。(残りの二つは吉野の竹林院の庭園と大和郡山の慈光院庭園です)  又、毎年、中将姫の命日にあたる5月14日に行われる「聖衆来迎錬供養会式(當麻寺二十五菩薩来迎会)」は通称「當麻レンゾ(お練り)」の名で親しまれています。1400年近い歴史を持つ當麻寺で1000年以上も続く演劇的な要素もあるお祭りです。二上山に夕日が沈む午後4時ごろから始められ、約1時間で終了する行事ですが、とても神秘的な世界を味わうことができると思います。

又、この時期は、年によって多少異なりますが、牡丹の花も見頃になっています。今年のお練りは終わりましたが、當麻寺には数多くの国宝や重要文化財指定の貴重な寺宝も多く伝わっています。来年までお待ちにならず、一度訪問されてはいかがでしょうか。

前回お約束しました「傘堂」には辿りつけませんでした。次回となります。お許し下さい。


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外部リンク
・當麻寺 ・中将姫 ・當麻曼荼羅図
・三論宗 ・真言宗 ・浄土宗
・片桐石州

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