サイトマップを表示します。


全国牛乳新聞・【第502号】(抜粋)
2006年(平成18年)7月10日


〜発行500号記念特集〜

昭和40年(1965年)3月に創刊した『全国牛乳新聞』が平成18年(2006年)5月の発行で、創刊500号を迎えました。

■創刊号は”協同組合”より発行
__『全国牛乳新聞』の第一号の発行所が”全国牛乳協同組合連合会”となっていることからも、新聞の歴史は、全国牛乳商業組合連合会(以下、全乳連)の歴史とも当然深い関わりがある。
__---というわけで、全乳連の歴史とあわせ、新聞の歴史を振り返る。

* * *

__全乳連は、牛乳販売業者の利益代表団体として、昭和33年11月に東京・大阪・京都・神戸・名古屋の五大都市の牛乳事業協同組合がその上部団体として『全国牛乳協同組合連合会』を立ち上げたことがそのスタートとなる。
__『全国牛乳新聞』は、この協同組合連合会時代に発行に向けた検討が重ねられ、昭和40年1月16日に開催された幹部会で、当時、組合の参事および事務局長だった鎌野定一氏が初代編集長に任命され、発行が決定された。

■”協同組合”から”商業組合”へ
__各地で全乳連の前身となる『牛乳協同組合』が発足した昭和30年代の酪農乳業界は、まさに波乱の戦国時代。戦後、政府が酪農に力を入れた結果、10年間の生乳生産量は常に前年比10%以上の増加を続け、乳業各社は競って近代的処理工場を全国各地に建設。その結果、原料乳の争奪が行われ、その一方で、各乳業メーカーは競って系列販売店の拡大策を講じ、販売店が急増した。これにより必然的に、販売店同士の顧客の奪い合いが激化していた。
__こうした状況の中、全国牛乳協同組合連合会は牛乳販売業者の経済的・社会的地位の向上、経営の安定、商権の確保を図るためには、経済事業が主体の”協同組合”よりも、業者代表と法的に認められる”商業組合”とした方が活動を推進していく上でメリットがあると考え、昭和40年9月に中小企業団体法による”商業組合連合会”として組織変更申請を行い、同年12月に『全国牛乳商業組合連合会』が誕生した。設立当初は、牛乳販売価格の値上げ交渉などについて当時の農林省や乳業メーカーとの交渉を核に、スーパーの不当廉売阻止などの諸問題解決に努めた。

■”全国牛乳新聞”の変遷など
__全国牛乳新聞は”牛乳販売業者による、牛乳販売業者のための、牛乳販売業者の新聞”として、新聞を通じて、全国の同業者の交流を通じ組織強化を図りながら、業界全体の経済的・社会的地位の向上を図ることを目的に創刊された。
__紙面構成の変遷をたどると、創刊から平成8年(1996年)までは毎月4〜6ページを基本に製作され(夏季広告と年賀広告掲載時は増ページとなり、12ページ前後)、平成9年(1997年)から、業務縮小などにより基本的に毎月2ページで構成されるスタイルとなり、現在に至っている。
__そのほか、鎌野編集長時代には新聞制作以外の編集作業として、全乳連が主催し、欧州各国の牛乳流通事情を牛乳販売店が視察調査(昭和42年に実施)した『欧州牛乳調査団』のレポートをまとめた書籍『牛乳の流通事情 − 海外とわが国の現状 −』の出版も行っている。
__ちなみに創刊号は、全6ページからなり、その記念すべき第一号のトップニュースは『大阪府牛乳商業組合 組織変更式典を盛大に挙行』。盛大に行われたその式典の特別講演では、松下電器産業(株)の創業者である松下幸之助氏を招くなど、当時の組合の隆盛ぶりが伺える。


■在来線
__イチゴ畑からニョキっとはえてくる絵を描く子ども。ダイエットをしていると言って、食事をお菓子などで済ませている若い女性・・・★「食の安心・安全」が消費者から強く求められている一方で、「食」に関する誤った知識などによる消費者の奇異な行動が目につくようになってきたそうです。★飽食の時代ゆえの「食の乱れや、これらの奇異な行動を正すために、昨年七月「食育基本法」が施行されたわけですが、「牛乳を飲むとXX・・・」という牛乳に対するバッシングも、つまりは食育の問題と関わりがありそうです★いずれにせよ、この法律が実を結ぶためのカギは”家庭”における食育の推進。となれば、そのカギとなる”家庭”の一番近くにいる牛乳販売店に対する期待も自ずと高まり、販売店の社会的地位が一段と高まるチャンスになるのではないかと思う私です(K)