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酪農学園大学連続公開シンポジウム

 

主催:酪農学園大学、酪農学園ミルク産業活性化推進会議


酪農学園大学(大谷俊昭学長)と酪農学園ミルク産業活性化推進会議(代表:平尾和義酪農学園理事長)は7月27日、札幌で連続公開シンポジウム「ミルクと酪農の真実と未来」を開催しました。
 シンポジウムは今後7〜8回開催される予定で、第1回目となった今回は「牛と乳製品の本当を知る」をテーマに、同大学の仁木良哉客員教授(北大名誉教授)が、「ミルクの科学〜牛乳の正当な評価 」と題して牛乳を不当評価する出版本に反論する形で科学的な根拠を基に講演しました。
 その後、参加者との質疑応答も行われましたが、概要を紹介します。


ミルクの科学
〜牛乳の正当な評価〜

仁木良哉
酪農学園大学客員教授

プロフィール
仁木良哉(にき りょうや)
北海道大学農学部畜産学科卒。
同大大学院博士課程修了。
「カゼインミセルの構造と機能性」の研究で平成7年に日本酪農科学会賞。
酪農学園大学客員教授、北海道大学名誉教授。
北海道在住。


ベストセラー本に科学的反論 

最近、「病気にならない生き方」という本がベストセラーになっています。アメリカの外科医・新谷弘実さんが書いていますが、牛乳の記述はまったくデタラメです。
 私は50年近く牛乳の研究に携わっていますが、本に書かれている牛乳の記述は初めて聞くものばかりで、全く、科学的な検証のないものです。
 この著者は、4月29日付の毎日新聞北海道版に牛乳有害説というのを書いており、それを見てまた驚き、6月24日付の毎日新聞で私の反論を掲載させていただきました。
 群馬大学の高橋久仁子先生が北海道新聞の5月7日付の特集で解説した「フードファディズム」という言葉がありますが、この本はまさしくこのフードファディズムの範疇に入るものです。
 私の反論でこれを皆さんに実感していただけると思います。

■ミルクとは何か
■牛乳タンパク質は消化が良い
■牛乳中のカルシウムは吸収率が良い
■牛乳の脂肪は酸化され難い
■初乳と牛乳の違いを知らない著者
■牛乳は非常に優れた食品
■乳糖不耐症について
■加熱温度について
■etc.
■食べ物としての牛乳の意義
■質疑応答
■用語解説



まず、ミルクとは何かを簡単にお話します。
 ミルクは母親の血液から乳房の中で作られます。牛でもヒトでも乳房には小さな乳腺胞が詰まっており、乳腺胞で作られた乳が最終的に乳頭まできて子供がこれを飲むという形です。
 ミルクは水を非常に多く含み、水分以外の固形分は全固形分といい、その量は動物の種類によって異なります。一般に、厳しい環境に棲息している動物のミルクの固形分は高い傾向を示します。また、新生児の成長の早い動物のミルクはタンパク質、カルシウム、リンの含有量が多いです。


 母乳と牛乳を比較すると、牛乳の方がタンパク質もカルシウムも多いですが、糖質や乳糖は少ないという特徴があります。
 牛乳のタンパク質は3.2%前後、母乳は1%前後ですが、母乳は菌の発育を抑える静菌作用があるラクトフェリンとIgAを牛乳より多く含みます。
 またリゾチームも含まれています。リゾチームは量によりますが、菌を殺す作用があり、IgAは細菌に対し特異的に働く免疫グロブリンとして知られています。
 つまり、母乳は子供が乳を飲んでから消化管にいくまで、バクテリアにできるだけ汚染されないようになっているのです。
 牛は4つの胃があり、消化管でのバクテリアの汚染の度合いが違うので、母乳よりこれらの成分が少ないと考えられています。お母さんの乳は子供をできるだけ早く、しかも確実に健やかに育てるという役目をしているのです。

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牛乳タンパク質は消化が良い 

次に、牛乳の不当な評価への反論を紹介します。
 まず、著者は「牛乳タンパク質は消化が悪い」と言っていますが、私は初めて聞きました。
 消化管にはタンパク質分解酵素があり、タンパク質をアミノ酸まで分解する役目を果たしています。 消化が良いか悪いかは、酵素の働きがポイントになるわけです。
 牛乳のタンパク質は80%がカゼイン、20%が乳清タンパク質で構成されています。

著者は、カゼインは消化されにくいと言っていますが、これは逆で、カゼインは最も消化されやすい食品タンパク質の代表です。
 タンパク質は螺旋状の規則的な構造を持っていますが、加熱するとこの構造が解ける性質があります。そうすると消化酵素が働きやすくなり、消化されやすくなります。
 牛乳タンパク質の80%を占めるカゼインは、最初からこの螺旋状の構造が解かれた状態になっており、消化管の発達していない新生児でも消化酵素が簡単に働きやすい形になっていますが、著者は消化されにくいという言い方をしています。

著者はまた、胃を内視鏡で見て牛乳は消化管に入ってベタベタ固まって消化が悪いと、非常に感覚的な言い方をしています。ところが、内視鏡の倍率はたかだか10倍だと思うのです。
 私はこの10年間、牛乳のpHが下がるとできる凝固物を電子顕微鏡で調べています、1万倍でカゼインの凝固物を見ると、中は隙間だらけで、消化酵素は自由に出入りできるのです。
 著者は内視鏡を信じ過ぎて、肉眼に近い倍率で凝固を見てベタベタしているということだけ言っているわけです。このような事は私にはまったく理解できません。

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牛乳中のカルシウムは吸収率が良い 

また著者は、「牛乳を摂ると骨粗鬆症になる」という言い方をしています。牛乳をコップ1杯(200ml)飲んだ時の栄養充足率をみるとカルシウムは37.8%です。牛乳には非常に多くのカルシウムが含まれており、吸収率も非常に良いです。
 牛乳のカルシウム吸収率の40%に対し、小魚は33%、野菜は19%です。骨は見かけ上、非常に固く、代謝はほとんどされていないと思われがちですが、実は日々変わっています。壊れた骨のカルシウムは尿中に排出されますが、それを食べ物で補い、そこでまた新しい骨になっていくのです。

カルシウムの過不足の度合いについてみると、食べ物からカルシウムを1日300mg摂ってもバランス上はまだ赤字で、560mg摂るとバランスするというデータがあります。日本人は今、1日600mg摂るよう推奨されていて、それでやっと黒字になるわけです。

カルシウムの多い食品
含有量
(100g中)
1食分含有量
(1食分)
普通牛乳 110mg206g227mg
しらす干し210mg30g63mg
サクラエビ2000mg8g160m
マイワシ70mg60g42mg
干しヒジキ1400mg8g112mg
こまつな170mg50g85mg
五訂日本食品標準成分表より計算




著者はまた、「ハーバード大学の研究者が12年間かけて7万8千人の被験者について研究したところ、牛乳を飲みすぎると骨粗鬆症になる」と言っています。その論文を読みましたが、牛乳を飲み過ぎると骨粗鬆症になるとはどこにも書いてありませんでした。
 Haeneyというアメリカの研究者が1975〜2000年(25年間)に発表された「乳・乳製品と骨の健康に及ぼす影響」に関係する出所が明らかな139の論文をチェックし、総括した報告を読んでみました。139の論文の86%(118論文)が、牛乳乳製品は骨の健康をよくすると書いてあり、13%(19論文)がどちらともいえない、1.4%(2論文)が効果なしという報告です。

著者が牛乳を飲み過ぎると骨粗鬆症になるとの主張の根拠にしたハーバード大学のデータもこの論文でチェックされていましたが、「どちらともいえない」に分類されていました。
 著者は非常に都合のいいところをとってまとめているのです。乳・乳製品と骨の健康に及ぼす効果を調べた論文がいっぱいあり、しかも、効果なしの論文はほとんどないのに、なぜ、牛乳を飲み過ぎると骨粗鬆症になると主張されるのか不思議でなりません。

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牛乳の脂肪は酸化され難い 

「乳脂肪は過酸化脂肪(錆びた脂肪)である」というような表現もあります。牛乳は88%が水で、水の中に脂が入れば当然分離します。しかし、乳脂肪は球形の粒子で、中側の脂肪を脂肪球膜が覆っており、この脂肪球膜の表面は水に親しみやすい性質を持っています。同じ乳脂肪でもバターのような裸の脂肪は水に浮きますが、クリームの脂肪は脂肪球膜で覆われ、水に親和性があるのでいくらでも水に溶けます。

乳脂肪と大豆油や菜種油を比較すると、乳脂肪は酸化されやすい目安となる脂肪酸の二重結合(不飽和結合ともいう)の含有量が少なく、大豆油や菜種油よりも酸化されにくいです。
 酸素がないと酸化はしませんが、牛乳中の酸素はppm(百万分の幾つかの単位)で表す位の微量しか存在せず、ほとんどないといっていいくらいです。同じ脂肪でも酸化しやすさの度合いは、牛乳の方が少なく、客観的な事実から考えて牛乳中の脂肪が過酸化された「さびた脂肪」という考えは認められません。

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初乳と牛乳の違いを知らない著者 

さらに、「市販の牛乳を飲ませると仔牛が死ぬ」というような言い方をしています。著者がまったく牛乳のことを知らないという典型的な記述です。
 免疫物質とは、ある特定の病気にならないように生体内の免疫反応に働く物質で、免疫グロブリンというタンパク質が主要なものです。

乳牛は仔牛が病気にならないよう、分娩直後の初乳を通して免疫物質を仔牛に与えます。人間の子供は、子宮で胎盤を通して免疫グロブリンをもらうので、母乳にはこの免疫物質が少ないですが、乳牛は仔牛にミルクを通して免疫グロブリンを与えるため、酪農家は生まれた仔牛に初乳を必ず与えます。そうすれば子供は病気にかかりにくくなるのでが、著者はそれを知らないのです。

たとえ原料乳に免疫物質があったとしても、非常に変性しやすく、殺菌すると簡単に沈殿したり、活性を失ったりするため、市販の牛乳に免疫グロブリンが含まれる余地はありません。そういう状態の牛乳を仔牛に飲ませ、それで病気にかかりやすいというのは的はずれです。
 少しでも初乳と市販の牛乳は違うんだ、特に初乳は免疫力があって、市販の牛乳と成分が全く違うんだということを知っていれば、こういうことは書けなかったと思います。その意味で、この著者は牛乳のことを全然知らない、勉強しないで牛乳のことを批判しているんだと私は感じているわけです。

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牛乳は非常に優れた食品 

「牛乳は仔牛のためのもの、人間が飲むのは摂理に反する」という言い方もしています。牛乳は約6000年前以上から飲まれていたというようなことが色々なものに記されています。牛が食べる牧草は穀物の実らない寒い地域でも生えてくれます。そのお陰で寒冷地でも牛を飼うことができ、我々に牛乳・乳製品が提供されるのです。

牛乳乳製品をみると、脱脂乳から乳飲料、カッテージチーズ、脱脂粉乳ができ、乳脂肪からバター、アイスクリームができます。チーズも数百の種類があり、牛乳から多様な乳製品がつくられ、世界中の食卓を潤しています。牛乳は液状から半固体、固体まであらゆる形態の製品があり、非常に優れた食品であることがわかります。

また、私達は毎日、食物を食べなければ生きていけません。食物連鎖の中で、力のある大きな動物は数多くいますが、人間は1番上にいます。これは牧畜や農業、漁業などで毎日コンスタントに食べ物を供給できるということがあると思います。牛乳の利用もその一環だと私は考えます。そうであるなら、仔牛のものである牛乳を飲むのは摂理に反する、という論法は通じないと思います。
 私は牛乳が仔牛にとってあらゆる点で完全食品だと思っています。しかし、人間には完全食品ではないということを皆さんに知っていただきたいと思います。牛乳は普通の食べ物であり、魚や野菜、肉と同じレベルで食品のひとつというように考えてほしいと思います。

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乳糖不耐症について 

著者はまた、乳糖不耐症についても取り上げています。乳糖不耐症の実験データを参考にして調べると、民族によって乳糖不耐症の発生率に違いがあるのがわかります。日本人やアジアの人は乳糖不耐症の比率が大きく、デンマークやフィンランド、それからアメリカでも白人は乳糖不耐症の発生率が低いです。これは、乳製品を多く消費したり、接する機会が多い民族が乳糖不耐症にかかる率が少ないというようなことを示しているいえます。
 乳糖不耐症の人は牛乳を小分けして飲んだり、乳糖の一部が分解されているヨーグルトやチーズを食べてはいかがでしょうか。牛乳は非常に栄養価があるので、ぜひ飲んでいただきたいと考えています。

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加熱温度について 

一方、加熱・殺菌温度で牛乳乳製品に対しクレームなりバッシングが起きたりします。牛乳を販売する場合、消費者に衛生的に安全な牛乳を飲んでもらうため、殺菌して病原性(有害)細菌を死滅させ、牛乳に含まれる酵素を失活させます。
 殺菌温度と殺菌時間の関係ですが、低温長時間殺菌の63℃か65℃で30分というのが牛乳殺菌の原点にあり、これで少なくとも病原菌は死滅します。

牛乳以外の食品の料理の加熱温度を見ると、非常に高い温度でしかも長い時間をかけています。「茹でる・蒸す」は100℃。「焼く・揚げる・炒める」は180〜250℃程度で数分から数十分間加熱します。牛乳以外の食品はこうした高温が許され、しかも長い時間をかけて高温にさらされています。しかし、牛乳はほかの食品と比べてずっと穏和な条件で加熱していても、高い温度で殺菌しているというクレームがつくわけです。

牛乳が完全食品であるという前提をとると、わずかな変化でもいけないとバッシングを受けてしまいますが、ほかの食品と比べ過酷な条件で殺菌されていないことを、ぜひご理解いただきたいものです。

殺菌の影響に対する不当評価では、乳清タンパク質の変性がいわれます。牛乳タンパク質は80%がカゼイン、20%が乳清タンパク質です。乳清タンパク質は加熱すると変性しますが、これで栄養価が下がるということはないのです。牛乳は完全食品だという前提に立つと、変わったという風になるんですね。

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etc. 

カルシウムの溶解度の問題もあります。牛乳のカルシウムにはリン酸とカルシウムが含まれ、3分の2はカゼインと結合していますが、残りは遊離しています。普通、化合物は温度が上がると溶解度が上がるのですが、カルシウムとリンの化合物であるリン酸カルシウムは逆に溶解度が下がります。それで見かけ上はイオン性のカルシウムが減り、「それも変わったのではないか」というチェックの対象になるわけです。これは低温で5〜6時間おくと元の状態に戻ります。決して、カルシウムの吸収を悪くするような変化ではありません。

また、リジンと牛乳の中の乳糖が反応し、タンパク質に含まれるリジンの形が変わり、栄養価が下がったり、有害な物質ができるのではないかといわれます。現実に、そういう反応の可能性のある物質があることは事実ですが、普通の殺菌条件では決して発ガン性物質が形成されるようなことはありません。

仔牛の第4胃にある牛乳を固める酵素のレンネットの凝固性低下の問題の指摘では、直接に栄養価値に関係しないと考えていいです。加熱するとレンネットの凝固性が低下し、チーズ製造の際に加熱変化は影響しますが、実際にチーズを作る現場では、できるだけ低い温度で殺菌する形で処理しています。

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食べ物としての牛乳の意義 

牛乳には
(第一次機能)生命維持機能の栄養機能、
(第二次機能)食品成分が感覚に訴える感覚機能、
(第三次機能)生体防御、老化・疾患防止などの生体調節機能
があります。
 牛乳の優れた点をより詳しく研究するには、まだまだ時間がかかりそうですが、牛乳は魅力ある機能を持っていますし、食品としても、まだ未知の可能性をもっていると思います。

最後に、食べ物は薬ではありません。牛乳も食品として考えていただき、フードファディズムに乗ることなく、牛乳・乳製品に対する正しい評価をしていただき、健康の維持のために優れた食品である牛乳を有効に利用していただきたいと願う次第です。

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質疑応答

牛乳を不当評価している本は100万部のベストセラーになり消費者への影響も大きいです。
   反対意見をテレビや本などで消費者に伝えることはできませんか。

牛乳に少しでも携わったり、食品科学分野で牛乳を学んだ人なら私と同じ認識を持つと思います。
   テレビでベストセラー本の著者と対談する機会があれば喜んで受けたいです。
(仁木良哉:酪農学園大学客員教授)

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【フードファディズム】

 科学的な検証をせずに食品を過大・過小評価し、消費者を不安にさせて商品の宣伝に利用するということ。
 身近な食品を恣意的に中傷することで消費者の関心を強く惹きつけ、"健康本"等を販売するケースなどもある。



”酪農学園大学連続公開シンポジウム”(2006年7月27日)より